マレーシアを出国(マレーシア最終回)
今週のお題「人生最大の危機」マレーシア編最終回です
台風前に映画を見に行った。
娘はペット2を。私は天気の子を見る予定だったが娘を一時間待たせるのも気が引けるしそんなに映画を観る気分でもないので店ブラしていた。
買いたい服も物もなく、レストランは後から娘と行こうと目星はつけた
本屋によりananの愛とs○xの本を見つけ買いたくて買いたくて仕方がなかったがもしも買っている最中に学校のお母さんにあったら、もしも職場の知り合いにあったら。と考えたら買えなかった。。
一週間買いたくて買いたくてそれでも手を出せない本なのである
、
物欲はないが
そっちの欲は旺盛なのである笑
三大欲求で生きてるなっちゃんです。すいません
さて、日本国にいる両親に電話を大使館長がされ、私は促されるがまま受話器を取った
もしもし←私
○○か。
父の声だった
、今まで何をしていたんだ?と言われ
マレーシアの警察官と犯人探しをしていた。と伝えた。
父はため息をつき、
お前、オーストラリアは?行くのか?と。
、
はっ!
日本人男性とオーストラリアで待ち合わせしていたんだ!
行くよ!勿論!友達待たせてるもん!
こんな状況になっていても行くのか。。ため息をつく父
んー、まあ、トラベラーズチェックは無事だし。カードはまた再開すれば良いし。まあ大丈夫だろう。と私は判断し、
大丈夫だよ!と答えた。
父はわかった。一週間に一回の手紙は必ず書いてくれ。と言われて電話を切った。
大使館長に
電話口で泣かなかったのは偉かったな。と肩をポンポンされた。
まあ、本当に長にとっては自分の子どもと重なって見えたのかもしれない
大使館でカードの手続きと飛行機の手続きをお願いし、またもやマンダリンオリエンタルホテルにお世話になりホテルの車でマレーシア国際空港に向かうのである。
電話を切った後彼氏(元旦那)曰く
両親は腰を抜かしてヘナヘナと座りこんでしまったらしい
もう、娘は要らんな。。とポツリ
私もそんな娘要らんと思うw
国際空港に着き迎えに来たのはやはりマンダリンオリエンタルホテルの若いボーイ
マレー系の顔立ちをしていた
既に事情を聴かされているようで
飛行機のチェックインをしてくれたり付き添ってくれた
私の顔を見て、何か食べていた?お腹は空いてない?と聞かれ
あー、そういえばこの三日間ろくに食べてないし寝てないな。と思い出した
食べてはいないよ。。寝てもいないかな。、と素直にボーイに伝えた
突然、ボーイは
ノー!何か食べないと駄目だよ!
と空港のレストランに連れて行かれた
スパゲッティーが目の前に置かれた
お金は?と私が聞くと
そんなの気にしなくて良いから!
食べて!元気出して!と。
、
気持ちがとっても嬉しくて
本当に嬉しくて
食欲はなかったがほぼ全部食べてしまった
それを見ていたボーイは安心した顔をしていた。
ホテルのフロントのマレー系の女性もそうだったが、本当に自分の事の様に考え親身になってくれた。
ボーイは飛行機のboarding timeまで付き添ってくれた。
その間いろんな話をした。
そのボーイはシェアハウスに男性5人と暮らしており、収入は家族に渡していると。
確か兄弟姉妹が5人ほどいたような。。←記憶曖昧
そんな彼が空港のレストランでスパゲッティーを奢ってくれたのだ。
空港の食べ物なんてそこの物価の10倍ほどある。
自国労働者の
賃金なんて物価指数でたかがしれている
、
最後の最後にマレーシアの人情に魅せられた旅だった。
あ、日本人にも
館長ほんっとうにすみませんでした!
そのマレーシア男性(名前はTAJAL)と連絡先を交換しオーストラリアに私が渡っても日本に帰国しても手紙のやり取りは続いていた。
日本に一時帰国した際にも私は経由でマレーシアに訪れて
TAJALと会った。
その日本帰国の際にこの時の犯罪グループの一員に再び見つかり、その日泊まっているホテルのルームに戦慄の電話が夜中にかかってくるのである。(そこそこ良いホテルだった。BB的なホテル)
この時のほうがマジで殺されると感じ一睡もできなかった。。
それはまたオーストラリア一時帰国編で記事にしたいと思う。
、覚えていればw
今回のマレーシアでの
人生最大のピンチはこれでおしまい。
オーストラリアに渡ります
あ、anan買っちゃいました。
今から読みます